ロンドン通信

MICHELIN GUIDE UNITED KINGDOM掲載店『Jugemu』菊池勇弥氏に聞く -ロンドン通信vol.9-

Profile
寿限無 Jugemu オーナー兼料理長 菊池勇弥

専門学校在学中、春駒でのインターン中に日本料理の道に進むことを決意。
卒業後は、赤坂「田川」ブリュッセル支店を皮切りに、大阪の料亭、ザクラウンパレス新阪急高知、銀座「鴨川」シドニー支店、札幌「杉ノ目」に勤務後、ロンドン三越の総料理長に就任。パリで「仁」の立ち上げを支援したのち、ロンドンのSOHOにて2013年にはKirazuを、2016年にはJugemuを開店。2019-2020年(2年連続)MICHELIN GUIDE UNITED KINGDOMに掲載。
Jugemu来店客の9割が外国人。菊池氏の日本料理には、日本人のみならず舌の肥えた多くのロンドナーが魅了されている。
https://guide.michelin.com/en/greater-london/soho/restaurant/jugemu

ご経歴を教えてください

学生時代は本格的にサッカーに取り組んでいて、高校時代にはローマに、専門学校時代にはロンドンにサッカー留学しました。帰国後も暫くはサッカーに夢中で、料理の専門学校に行っていたにも関わらず、料理の道に進むイメージが描けていませんでした。
AS ROMAアカデミーにて

そんな僕にとって大きな転機になったのは、専門学校の最後の冬の、老舗料理屋・春駒(神奈川座間市)でのインターンの経験です。
専門学校では、2回のインターンが義務付けられています。1回目のインターンはかなり過酷でした。それで、2回目も行き先を先生に任せるのは嫌で、親が客だった春駒なら特別扱いしてくれるかと思って選んだのが本音です、笑。ところが、インターン中に、春駒の経営者やスタッフにすっかり魅了されてしまいまして。そこで「本気で日本料理の道を目指したい」と思うようになったんです。
専門学校卒業後、ご縁があって赤坂の料亭「田川」ブリュッセル支店で働くことになりました。社会人一年目がいきなり海外勤務です。
ブリュッセルから帰国後は、料亭やホテルで日本料理の経験を積みました。なかでも、僕のキャリアの礎を築いて下さったザクラウンパレス新阪急高知の都築元料理長は最高の恩師です。

キャリアを積むにつれにつれ、「(日本のような何一つ不自由ない環境ではなく)海外で一旗揚げてみたい」という思いが強まってきました。

なぜ出店先にロンドンを選ばれたのですか

スポーツの他にも歴史・洋服・音楽など僕の関心あるものが多いロンドンに、サッカー留学した時から魅力を感じていたからです。
三越総料理長として懐石料理の八寸の盛り込み中

ロンドン三越での勤務で、[1]完全実力勝負のフェアなマーケット、[2]スーパーが街の縮図(multicaltural)、ということを実感し、ますますロンドンに魅了されて出店を決めました。
ロンドンは、多国籍の人種から成る街だからかだか、日本のような「国産信仰」がないんですよ。スーパーにも色んな国の食材が並んでいるし、産地も正しく記載されている。食品偽装はほとんど見たことがありません。

オープンわずか1か月後にEvening Standardに掲載されたことを機にKirazuは爆発的人気に(覆面記者による評価)

2013年には念願の日本料理店Kirazuをオープンしました。Kirazu経営の3年間に「もっと料理にこだわりたい」「一人ひとりのお客様に向き合いたい」気持ちが高まり、客席数を減らしたカウンターメインに場所を移し、2016年にはJugemuをオープンしました。(Jugemu開店と同時にKirazuは閉店)

僕はJugemuの唯一の出資者・オーナーであり、唯一の料理人です。共同パートナーも他の料理人もいません。自分のお金で自分の納得できる料理をお客様にご提供したい、その一心で、経営責任を全て一人で負っています。

日本のレストラン業界との違いはありますか

食材の入荷の不安定さですね。日本では食材を安定的に入手できますがロンドンではそうはいかないので、クオリティーコントロールが不可欠です。なかでも、日本ほど食べる習慣がない魚の入手は結構大変。安定して入荷できるよう、複数の取引先と英語で巧みに調整しなければなりません。

ロンドンのレストラン経営で工夫されていることは何ですか

僕のこだわりの料理をいかに美味しく楽しんでいただくかです。お客様や取引先は、日本料理に馴染みのない方、ロンドンで人気の日本料理には馴染みのある方など様々です。「日本で食される日本料理」という共通理解が乏しいなか、僕の料理を理解していただけるよう、料理のみならず食材や文化など周辺情報や背景事情を英語で伝え、よくコミュニケーションするようにしています。

海外では、日本料理を外国人のお客様の舌に合わせることがあります。例えばインサイドアウトロール(筆者注:裏巻き寿司、海苔でなくご飯が外にくる巻き寿司)やソース多めの料理など。僕は決してそれらを否定しません。ただ、日本で充分に経験を積んだ僕ならではの日本料理があっても良いと思っています。これがいわゆる僕のこだわりの料理です。

一番ご苦労されていることは何ですか

僕ならではの料理を変わらず提供し続ける一方で、いくつかのことについてはバランスよく変化させる必要があることですかね。

環境や時代の変化にはうまく順応する必要があります。例えば、ビーガンやベジタリアン、ヘルシー志向、動物愛護のお客様が増えており、食材も見直しが必要です(実際にフォアグラ、大トロ、グラニュー糖などは当店では利用していません)。ファストフード同様にスピーディーな提供を望まれるお客様も増えているので、料理時間と丁寧な仕上がりとのバランスも難しいです。素手で握ることを好まれないこともあるので、必要に応じて料理の作り方も変えます。あることないこと書かれるインターネットレビューとの向き合い方も難しいですね。

また、僕自身が年齢を重ねることで気が付かずに変わっていることがあります。特にスタッフの採用や教育でそのことを痛感しています。年齢差のあるスタッフには、僕が育てられたのと同じようにはできません。今の時代に合わせつつも、変えない勇気も必要で、人材育成においてもバランスよく自分を変化させることが難しいです。

外国人のお客様に人気の日本料理を教えてください

やっぱりお寿司です!ロンドンではサーモンが人気と言われていますが、生魚を食べる習慣のない中で生魚に近いスモークサーモンに慣れているからかもしれません。僕の場合、お寿司は「お任せセット」でサーモンのみならず貝や光物も出しますが、皆さん召し上がってくださいますよ。

MICHELINのTwitterに掲載されたJugemuの寿司

日本でスタンダードに食される季節の野菜も人気です。今の季節(6月)だと、若竹煮やアスパラガスのてんぷらなどですね。

僕は日本からの輸入食材は使いません。料理する水も、お客様が慣れ親しんでいる水もこちらのものなので、その水で育った食材を使います。包丁や木のまな板などのキッチンツールは日本製が素晴らしいので、日本で買い付けています。かなりこだわっていますよ。

今後チャレンジしてみたいことは何ですか

農家への転身です。
日本の農業は、後継者不足・農薬利用・補助金依存など様々な問題を抱えています。「日本の農業をなんとかしたい」という思いを、いずれ実行に移したいと考えています。具体的には、現在は叔父が世話している農地(福島県・母方の生家の所有地)を引き継ぎたいと思っています。僕一人の力では変えられないかもしれませんが、ロンドンで出店したときの気概を持って、日本の農業復興の一翼を担えたら嬉しいですね。

最後に、海外で仕事をしたい方やグローバルに活躍したい方にメッセージをお願いします

渡英時の僕は、英語は十分とは言えませんでしたが、日本料理をしっかりと学んだ自信がありました。また、サッカーと料理を通じて、マニュアルがないなか自分の頭で考え、コミュニケーションし、成果を残してきた自負もありました。
何があってもやり通すという強い意志・チャレンジの気持ちを持つことと、一歩一歩着実にスキルをブラッシュアップして今の自分を100点の状態にし続けること、この2つが大切だと思います。

「毎日、同じ日も同じこともない。これが僕の仕事の醍醐味。」とおっしゃる菊池シェフ。気候、食材の状態、ご自身の味覚など、日々の細かな変化を見逃さず柔軟に対応しつつも、侍のような強い信念とこだわりをもって、その日に合わせた最高のおもてなしを提供してくださいます。

【筆者プロフィール】

小根森純子。大学卒業後、松下電器産業(現パナソニック)入社。ロンドン転勤の夫に帯同するため、2019年8月退社。同年10月より英系法律事務所にて勤務開始。
TOEIC790点。二技能かつ選択問題のためそれなりの点数に見えなくもないが、実力的には600点程度と予想。仮に四技能の試験になれば恐らく400点程度。聞く・話すが極めて苦手。
夫・息子(14歳)との三人暮らし。家族・友人・旅行・グルメが大好きで、蛇とネガティブが大嫌い。

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